歴史 - CROZET 2022

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歴史

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概略
 
クローゼー諸島の歴史と過去のアマチュアの運用
 
1772年に探検家マリオンによって発見された島々は、彼の副官であったクローゼーの名で呼ばれるようになった。その発見の後、1837年と1887年にフランス政府はこの島々をフランス領土として発布した。1924年以降この島々はマダガスカルの管轄となったが、1955年にフランス領南方及び南極地域の一部となった。
 
クローゼー諸島での最初のアマチュアは運用は1961年のFB8WWであった。その後、TAAFは4つの異なるエンティティとなった。
 
 
準備のための探検:196112月~19622
 
クローゼーへの最初の探検は研究施設建設が目的で、1961年12月21日から翌年4月4日の期間滞在した。この間に行われたQSOは6局とだけで、ログには5R8AA, 5R8BC, FB8XX, FB8ZZ、ZSの 2局が見られるだけである。この探検の隊長はAlfred Faure、科学調査の責任者は国立科学研究所CNRSのM Bost、通信士はRoger Baudelotであった。FB8WWはCWのみで土曜と日曜の1700GMT前後に14.020MHzで運用され、使用機器はBC-610とBC-342に50m長のロングワイヤーであった。
 
 
最初の本格的滞在:196212月~19632
 
2回目の探検は1962年12月15日から1963年2月に実施された。この際の通信士はFB8XXのオペレーターだったJehan-Yves Bellierで、軍用のSCR193を利用したが、アマチュア無線には適していない機器だったため、40mでUSAとわずかな数のQSOを行っただけだった。
 
 
2回目の滞在: 196412月~
 
1964年にFB8WWを運用したのはMarcel Blaiseで、SFR送信機とRU-536受信機、それに7.5mのホイップを使用し、14MHzと21MHzで運用した。
 
FB8WWのコールは1970年まで使用され、その後FB8WA(1973年)、FT5WI(2000年)と続いた。
 
 
3回目の滞在:19661月~同年12月、4回目:1967
 
 
5回目の滞在:19681月~19691月、6回目:19691月~19701
 
 
7回目:1970
 
 
8回目:1971年、9回目:1972
 
 
10回目~21回目:1973年~1984
 
1972年からは各オペレーターに個人局のコールサインが与えられるようになったが、プリフィックスは1983年までFB8であった。
 
 
1987年~現在
 
1985年以降、TAAFにはFBの代わりとしてFTのプリフィックスが与えられるようになり、FTはフランス本国で使用されるようになった。
 
 
追加情報
 
TAAFとの交信を促進させるため、REFはDTA(Diplome des Terres Austales)と称するアワードを発行している。下記の局の内3局との交信を達成すればベーシックアワードが、4局との交信でゴールデンアワードが発行される。
 
FT5W、FT5X、FT8Y、FT8Z
 
FT5の局とQSOがうまくできますように!
 
 
参考リンク:(フランス語)






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